四月の半ばに、ダーリンと伊勢神宮に行ってきた。
お伊勢参りのことを、おかげ参りと言うのそうだ。
今こうして生きていられる、すべての恵みにたいして
「おかげさまで」と感謝する言葉らしい。
宿は二見浦の海沿い。

その昔、伊勢神宮に参拝する人々は、宮川や五十鈴川で心身を清めたそうだが
江戸の初めの頃になると、参拝者はまず清渚(きよなぎさ)の二見浦へ
浜参宮で禊をし、汚れを清めてから参宮する慣しが根付いたと言われている。
春の夕暮れ、二見の海は湖のように穏やかだ。
美しい松林が潮風にさやさやと揺れる。
これが西行法師の愛した海なんだな。

趣きある古い造りの旅館が立ち並ぶ
海辺のゆるやかな坂の参道を行くと、二見興玉神社が見えてくる。
ご祭神は猿田彦大神、宇迦御魂大神。
境内社には綿津見大神をお祀りされている。
猿田彦大神は天孫降臨の際に、
道を清めて導かれたことから、善導の神と称される、
開運招福、家内安全、交通安全の守護神。
宇迦御魂大神(豊受大御神)は稲の霊の神様で、衣食住と産業の守護神。
綿津見大神は海の守護をされる龍神様。
蛙さんは猿田彦大神のお使い。

「無事かえる」「貸したものがかえる」「若がえる」等々の
ご利益を受けた方々が献納した蛙さん。
可愛らしいお顔だね。
素敵なものが、たくさんかえってきそうだ。 (o^―^o)
境内には天の岩屋が祀られている。
天の岩屋とされる場所は、全国に何か所かあるが、ここもそのひとつ。
日本書紀には、根の国に向かう前に
天照大神にお逢いしたいと願い、高天原に参上した
素戔嗚尊(スサノオノミコト)に
天照大神は「国を奪いにきたか」と詰め寄ったとあるが
その様子は凄まじい。
八坂瓊勾玉を髪や腕に巻き、武具を身に付け、剣の柄を握りしめ、
地面を踏み付け、そのおみ足を腿まで大地にめり込ませ
堅い地面を淡雪のように蹴散して、雄叫びをあげて激怒したという。
……なんか、すごい。
素戔嗚尊はただ姉上にお逢いしたくてやってきただけで
邪心などないと証明するために、共に誓約(正邪の占い)することを申し出る。
天照大神はその願いを受け入れ、誓約のため
素戔嗚尊の剣を三つに折って、ばりばりと噛み砕き(!)、
吹き散らす息の霧の中から、三柱の女神を生み出した。
結局、素戔嗚尊はその誓約で邪な心がないことを証明した。
証明したけどー、邪心はないけどー、
悪戯はやめられないの♪という、なんだかなーな神様で
しかも、その悪戯のしようもなさと言ったら……。
天照大神の種播きした田んぼに、また種を播く、
田んぼに馬を放って、農作業の邪魔をする、
新嘗の準備をしている御殿にう○こしちゃう……。 ( ̄∀ ̄;)
なにしてんだか、なにがしたいんだか、
この神様の御心は計り知れない。
果ては天照大神が神衣を織っていらっしゃる所に、皮を剥いだ馬を投げ入れる。
もうここにいたっては、激怒臨界点を軽々と突破。
(ノ-_-)ノ~┻━┻
天照大神は天の岩屋に籠ってしまわれた。
闇の世になってしまい、困り果てた神々が
相談して知恵を出し合い、
なんとか天照大神をお引き出し申し上げたというお話だ。
ほんっとに日本の神様達って、のびのびとしている。
あっけらかんとおおらかで、愛らしく
日本書紀を読んでいると、わくわくする。
さてさて、今年は二十年に一度の式年遷宮の年。
夏に行われるお白石持行事に先立ち、
4月から6月にかけて七十余の奉献団が
次々と浜参宮に参り、道中で木遣りを披露する。

お白石持行事とは、新宮の敷地に敷くお白石を宮川で集め
奉献車や木そりで運んで奉献する行事。
通常は入る事ができない、四重の御垣内のご正殿間近まで
お白石を持参する神聖な行事のなので
奉献団は前もって二見興玉神社に浜参宮をし
心身を清めてから参加するのだそうだ。
道唄連と書かれた車には揃いの浴衣で三味線を弾く女性達、
和太鼓を叩く子供の姿。

二見興玉神社にお参りしたら、いよいよお伊勢さん。
JR近鉄・伊勢市駅から歩いて7〜8分、
豊受大御神がご鎮座される外宮へ。
……なんだけど、お参りの前に
ちょっと寄り道して伊勢うどん (*^-^*)

火除橋を渡ると外宮。
江戸の頃は橋の当たりまで民家があったので
街で火災が起きた時に、火の手から守るために作られたらしい。
豊受大御神は衣食住の恵みと、産業を守護してくださる神様。
衣食住の恵みを受けずに生きられる人はいない訳で
豊受大御神の「おかげ」に感謝してお祀りされたのだろう。
内宮ご鎮座から五百年程たった頃の事、
天照大神が雄略天皇の夢に現れて
「豊受大御神を近くに呼んで欲しい
私ひとりでは大御饌も安心して食べられない」と仰せられた。
天照大神のお食事をつかさどる御饌都神として
豊受大御神を丹波の国からお迎えし、ご鎮座以来、
天照大御神、豊受大御神をはじめ神々に神饌(お食事)を
朝夕お供えする「日別朝夕大御饌祭」が、
どんな乱世の時代にも欠かす事なく、途切れる事なく、
およそ千五百年(!)、永々と粛々と続けられてきた。
神仏の事について、私はあまり詳しくないけれど
世界中探しても、希有な例ではないかと思う。
……ついつい、長くなっちゃった。
内宮の話は、また次に。
こんな駄文に長々とお付き合いくださった方々、感謝です!
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